働き方改革先進企業に見るワークスタイルのニューノーマル
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役・人事総務本部長 島田 由香
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アステリア株式会社 代表取締役社長/CEO 平野 洋一郎
働き方改革 – 多様で柔軟な働き方を実現し、生産性の向上につなげようと、企業でもさまざまな取り組みが進められてきました。そして今、コロナ禍をきっかけにテレワークが一気に普及し、ワーケーションや地方への移住など新たな働き方が広がり始めています。
今回は、働き方改革にいち早く取り組んできたユニリーバ・ジャパン・ホールディングスの取締役人事総務本部の長島田由香さんをお迎えし、これからの働き方とはどういうものか、人と組織の関係はどうなっていくのか、徹底的に語り合いました。
この対談は2021年5月12日、新型コロナウイルス感染拡大防止に配慮し、オンラインで実施しました。
― 新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、働き方が大きく変わっています。特に国や自治体の要請もあり、多くの企業でテレワークの導入が進みました。この現状をどう見られていますか。
島田由香(以下:島田):感染症の発生はとても不幸な出来事でした。世界的な感染拡大により、多くの方が大変な負担を強いられ、つらい思いをされていると思うと胸が痛みます。
一方、コロナ禍をきっかけに新しい働き方が一気に加速したことは間違いありません。望む望まないに関わらず、多くの企業でテレワークに取り組まざるを得ない状況になったからです。ある調査によると、東京エリアではテレワークを経験したことのある人が約60%にのぼりました。地方ではまだ25%程度と差がありますが、それでもコロナ禍以前と比べれば、大幅に増えています。テレワークを導入していない企業でも、働き方を見直すきっかけになったはずです。
― 準備ができていない企業も多かったと思いますが。
島田:それでも、前に進むことが大切だと思います。それ以前には、働き方改革でテレワークが推奨されても、なかなか普及が進みませんでした。やはり人は慣れているやり方を変えるのには抵抗があるものです。平野社長のように改革を推進していくリーダーは、残念ながらまだまだ少ないのが現状です。
― アステリアでは早くからテレワークを導入していましたね。
平野洋一郎(以下:平野):最初は2011年、東日本大震災をきっかけに、全社テレワークを整備しました。BCP(事業継続計画)の一環としてスタートしたものですが、緊急時だけでなく、日常の運用が重要と考え多様な働き方の選択肢として活用するようにしました。
例えば2015年には猛暑テレワークを導入しています。当社製品「Platio」を活用し、当日の最高気温予想が35度以上のときには、早朝の気象庁の予報データを元にテレワークを推奨する通知が全社員のスマートフォンに届くというものです。猛暑の中1時間も満員電車にすし詰めにされては、出社した頃には疲れ果てていますよね(笑)。このような無駄な時間はどんどん無くしていきたい。同様の考えから、翌年には都市部に雪の予報が出た場合の豪雪テレワークも導入しています。
そうした実績があったので、今回のコロナ対応でも、政府の要請前からテレワークを推奨し、緊急事態宣言中はテレワーク率97%を達成しました。全社員がこれだけの長期間テレワークを行うのは初めてでしたが、社員も慣れていたので、比較的スムーズに対応できました。
島田:無駄な時間を省くというのは、全面的に賛成です。大雪が降っても、台風が来ても、みんな出社するのが当たり前で、オフィスにやってきたことが評価されるのは本末転倒です。一人ひとりの時間とエネルギーの無駄づかいとしか言いようがありません。
私自身、社会人になった頃から、なぜ全員が同じように満員電車に乗って決まった時間に会社に行かなくてはいけないのか、ずっと疑問に感じていました。大切なのは成果であり、やるべきことをきちんとやって、誠実に対応し、しっかりと結果を出していけば、働き方はもっと自由で良いのではないかと思うのです。
そんな思いから、ずっと構想を固めていたのが、ユニリーバで2016年に導入した「WAA(ワー、Work from Anywhere and Anytime)」という仕組みです。上司の許可さえ得れば、誰もが自由に働く時間と場所を選べるようになっています。
平野:形を合わせるよりも結果を出すというのは、とても重要なポイントだと思います。
島田:そもそも問題の本質は、出社するかしないかではありません。人にはそれぞれの個性があり、求めるものも違います。その人の求める環境、満たされている状態にあってこそ、能力は発揮されるものです。テレワークは多様な生き方、働き方の選択肢のひとつであり、人々が自分の強みを発揮し、パフォーマンスにつなげるために行うものです。
今とても懸念しているのは、せっかく普及してきたテレワークも、時間が経てば再びもとに戻ってしまうのではないかということです。対症療法的にテレワークを導入した企業では、コロナ禍が落ち着いたら、リーダーが慣れ親しんだ昔ながらのマネジメントのやり方に戻そうとする可能性があります。これは全力で食い止めなくてはいけません。
平野:せっかく始めたテレワークをやめるのは愚策で、せっかくの改革のチャンスを逃していますね。テレワークができる職種の会社において、パフォーマンスを発揮できるか、アウトプットにつながるかどうかは、一人ひとりが安心して働けるかが重要です。不安がある状態では、存分に力を発揮できるわけがありません。子育てとの両立や、親の介護など、社員の抱えている事情もさまざまです。テレワーク実施に課題があるのであれば、企業としてはさまざまな施策を通じて環境を整備し、社員の不安を取り除くことによって生産性を高めていくことが重要で、結果的にそれが企業の業績に反映されていくのです。
島田:そこに気づいているリーダーは、決して後戻りはしないはずです。その意味でも鍵になるのは、リーダーのビジョンの有無。世の中に大きなインパクトを与えられるように、社員一人ひとりが自分の強みを発揮できる仕組みをつくっていくのが経営者の役割ですから。
― しかし、テレワークには課題もあります。直接顔を合わせることができないので、チームマネジメントが難しくなったり、メンバーのモチベーション低下を心配する声も少なくありません。
島田:確かにリサーチを見ると、コミュニケーションに不安を感じている人は多くいます。ただし、声を大にして言いたいのですが、オンラインであっても確実にコミュニケーションはとれます。
むしろ、オンラインのほうがコミュニケーション効果が高い場合もあります。聴覚の比重が高まるので、言葉が耳に入ってきやすくなる。フィードバックやキャリア相談など、不安をシェアするような話は、オンラインのほうが有効です。それだけコミュニケーションの幅が広がっているともいえるのです。
「オンラインではコミュニケーションがとれない」と主張するマネジャーは、そもそもチームマネジメントに問題を抱えていることが多いのも確かです。きめ細かくメンバーをケアして、良さを引き出せていないから、近くにいないと「仕事をしていないのではないか」と不安がふくらんでしまうのでしょう。
平野:オンラインコミュニケーションでは、もともとコミュニケーション能力の高い人はより高まり、低い人はさらに低くなる。良くも悪くも、コミュニケーション能力が増幅されてしまう気がします。
また、やり方次第でできることも広がると思います。テレワークのほうがむしろ社内で起こっていることがよく見えるようになったと感じます。当社はテレワークが進むにつれ、社内の会話や議論を全面的にSlack※に移行しました。ちょっとした雑談もSlackのチャット上に載っている。わざわざ人を呼んで報告してもらう必要がなくなりました。
個人的にもコミュニケーションの幅は広がったと思います。例えば今回の対談もオンラインで実施していますが、各分野でご活躍のトップリーダーの方々と直接お話することも、以前より気軽にできるようになりました。経営効率や判断スピードの向上につながっていると思います。
― 今後、新たに考えている取り組みはありますか。
平野:実はオフィスのあり方を根底から見直し、4+1の層に再定義しました(図)。仕事を因数分解して、最適な場のあり方を考え、オフィスの選択肢を広げたのです。
第1層のセンターオフィスは、本社など従来型のオフィスで、必要に応じて対面で人と会う、集う場です。第2層のサテライトオフィスは、いわゆるコワーキングプレイスです。自宅の近くやお客様と会いやすい場所など、都合に合わせて働く場の選択肢を広げるものです。第3層のリモートオフィスは、自宅でのテレワーク。1年以上快適化のための投資を続けています。第4層のリゾートオフィスは、ワーケーションです。4層のリアルなオフィスに加えて、インターネット上のバーチャルオフィスも運用しています。社員のいるいないが見えて、気軽に声をかけられる場所です。
島田:「リゾートオフィス」というネーミングは素敵ですね。
平野:昨年、経営会議や製品会議を軽井沢で開催してみました。そのときの議論がとても活性化したんです。これは今後も継続的にやっていこうと構想を固め、2021年に社内で発表しました。ワーケーションについては、本格的な取り組みはこれからになりますが、どんどん加速させていきます。
島田:ワーケーションはおすすめです。テレワークで無駄な時間を削れるとは言っても、一日中自宅の部屋で休みなくオンラインミーティングをこなしていたら、どうしてもウェルビーイングは下がっていきます。
学術的なリサーチの結果として、ワーケーションには「転地効果」があると言われています。普段とは違う場所に身を置くことで、脳が活性化し、新たな刺激を得たり、リラックスすることができる。ワーケーションは、一度自分をゼロにして、セルフリーダーシップを高める体験なんです。緑などの自然の色が視野の10%以上を占めると、前頭葉に作用するそうです。ただの遊びではありません。
ワーケーションは「ワーク」と「バケーション」をあわせた造語ですが、バケーションの語源は「vacant(空っぽの)」。つまりワーケーションは、一度自分をゼロにして、そこから新たなインスピレーションを得る。セルフリーダーシップを高める体験なんです。
平野:自然の中で自分を解き放つ経験をぜひ多くの社員にさせてあげたいですね。業界内では、地方に移住したいという人も増えてきていると感じます。当社でも、昨年8月に熊本R&Dセンターを開設したのですが、新たに採用した5人中3人は移住組でした。オフィスの選択肢が広がることは、採用の多様性にもつながっています。
― 今後の働き方はどう変わっていくと思いますか。
平野:働き方改革に取り組むのは政府に言われたからではなく、そのほうが生産性が上がるからです。失われた20年とも、30年とも言われますが、日本の生産性は長期間上がっていない。そろそろ時間単位ではない働き方に変わっていかなくてはいけない。日本人はしかめっ面してつらいことに取り組むのが仕事と思い込んでいますが、人の頭の中から価値を生み出していくには、リラックスしてニコニコしながら働いていくほうがずっといいでしょう。
島田:素晴らしいですね(笑)。間違いなく、これからは個が主体となっていく。どんな会社を選ぶかではなく、自分はどう生きていきたいかを考えて働く場を選ぶ。終身雇用はなくなっていくでしょうし、副業やワーケーション、2拠点居住などの選択肢が広がっていくと思います。会社はそうした一人ひとりの強みを活かす場をどうつくるかが問われるでしょう。
平野:これからは「階層、規律、統制」による組織の時代から、「自律、分散、協調」による個の時代に入っていく。雇用も変わっていくと思います。言ってみれば、個人のニーズのマッチングによる新しい雇用のあり方として「個要」が主流になっていくでしょう。そして、固定された組織ではなく、プロジェクト単位で必要な人が集まって最適なチームを組成し、柔軟性とスピードを持って競争力を発揮していくようになるはずです。
自分たちはそれを体現する会社でありたい。今期決算では過去最高益を更新しましたが、新しい働き方を切り開いて結果に繋げていきたいと考えています。
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ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社
取締役・人事総務本部長
島田 由香
1996年慶応義塾大学卒業後、株式会社パソナ入社。2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士取得、日本GEにて人事マネジャーを経験。2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長就任。2014年4月取締役・人事総務本部長就任、現在にいたる。日本の人事部「HRアワード2016」個人の部・最優秀賞、「国際女性デー|HAPPY WOMAN AWARD 2019 for SDGs」受賞。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー。
アステリア株式会社
代表取締役社長/CEO
平野 洋一郎
ソフトウェアエンジニアとして8ビット時代のベストセラーとなる日本語ワードプロセッサを開発。1987~1998年、ロータス株式会社(現:日本IBM)でのプロダクトマーケティングおよび戦略企画の要職を歴任。1998年、インフォテリア(現:アステリア)株式会社創業。2007年、東証マザーズ上場。2008~2011年、本業の傍ら青山学院大学大学院にて客員教授として教壇に立つ。2018年、東証一部へ市場変更。2020年、財界研究所「経営者賞」受賞。