企業と自治体が目指す新しいパートナーシップの形
社会の持続的な成長を目指すためにも、環境保全や少子高齢化対応など地域課題の解決が急がれています。今回のコロナ禍をきっかけに、住みやすく働きやすい場所として地域の魅力が再発見されています。
こうしたなか、企業と地方自治体が連携を深める動きがさらに広がってきました。今回は2015年に「小国杉」の森林保全活動などに関わる連携協定を結んでから、取り組みの幅を広げ、アステリアとの関係を深めてきた熊本県小国町の渡邉誠次町長をお迎えして、これまでの歩みを振り返りながら、特性を生かした協業のあり方、企業と地方自治体の新しいパートナーシップの姿について語り合いました。
― アステリアでは、早くから地方創生に向けた取り組みを展開しています。地域との連携や共生、地域が抱える社会課題の解決に関して、企業としての方針をお聞かせください。
平野洋一郎(以下、平野):アステリアは今年、新たな中期経営計画を策定しました。4つの重点計画の頭文字をとって「STAR※1」と名付けましたが、最初の「S」はサステナブルを意味しています。「持続可能な社会構築に貢献する事業を遂行すること」を経営の柱のひとつに据えたわけです。もちろんこれまでも社会課題の解決に向けて、様々な取り組みを行ってきましたが、今回初めて中期経営計画に組み込んだことで、事業として正面から取り組んでいく姿勢を明確に示しました。
そのなかでも地域の課題に関して、東京に本社を置く私たちが直接できることには限界があります。そこで各地域の自治体と連携しながら推進していきたいと考えています。小国町とは2015年から協定を結び、年々取り組みの幅を広げてきています。
渡邉誠次(以下、渡邉):そうですね。最初は森林保全のご支援をいただきました。小国町は熊本県の最北端に位置し、町の78%を山林が占めています。昔から林業が盛んで、なかでも「小国杉」はブランド杉として全国に知られています。酪農では早くにジャージー牛を導入し、独自に販路を開拓してきました。
ホットな話題としては、2024年に発行予定の新紙幣千円札に、小国町出身の北里柴三郎博士の肖像画が採用されることになりました。町内には「北里柴三郎記念館」をはじめ、北の杖立温泉、東のわいた温泉郷など観光資源も充実しています。
一方、地域の課題として人口減少が進んでおり、現在7,000人弱です。主産業である農林業と観光業においては、新しいテクノロジーも積極的に導入して効率化を進めています。 また、町として30年ほど前に「悠木の里づくり」構想を掲げ、豊かな自然や地域の特性を生かしたまちづくりを進めてきました。もともと水力、風力、太陽光などを使った発電に取り組んできましたが、近年、地熱やバイオマスなど再生エネルギー事業にも注力。こうした取り組みが評価され、国が定める「SDGs※2未来都市」および「自治体SDGsモデル事業」にも選定されました。森林と地熱という環境資源を有効に活用することによって、持続可能な成長を目指しています。
小国町公式 Web サイト www.town.kumamoto-oguni.lg.jp/ |
北里柴三郎記念館 | アステリアの森 |
― 何をきっかけに連携が始まったのでしょうか。
平野:2015年、当社の主力製品である「ASTERIA Warp」の導入が5,000社を突破しました。記念事業として5,000本の植樹をしようと考えたのですが、関係者にヒアリングをしてみると、日本の林業は安価な輸入木材に押されて需要が低下し、売れないが故に森林の整備もままならない状態だとわかりました。ならば5,000本を保全しようと考え、日本グッド・トイ委員会、東京おもちゃ美術館などが推進する「ウッドスタートプログラム」に参画することにしたのです。
ウッドスタートプログラムでは企業と地方自治体とのマッチングも行っており、そこで出会ったのが小国町でした。私自身、熊本県の出身ということでご縁を感じ、お話を持ちかけたのがきっかけです。当初から長期にわたを考えており、町有林の保全のため年間100万円の寄付のほか、活動のシンボルとして社名を冠した「アステリアの森」(当時は「インフォテリアの森」)を設置していただきました。また、小国杉の良さをもっと多くの方に知っていただくため、東京の本社オフィスにも小国杉をふんだんに使い、さらに間伐材を使ったノベルティグッズの製作も始めました。
渡邉:小国杉は250年もの歴史があります。その強度と色つやが特徴で、調湿機能に優れていることから、太宰府の九州国立博物館など収蔵庫の内装材にも利用されています。
ブランド材として品質は申し分ないのですが、やはり産業としては厳しい時代。昔は人海戦術でできたものが、担い手不足が進むなか、この急峻な土地で、人の手を使って植樹や伐採をしていくのはますます難しくなっています。
毎年収穫できる農作物とは違って、杉の成長は30年、50年、100年の先を見据えて考えていかなくてはなりません。今は科学的な分析も進み、森林の持つ多面的な機能がわかってきました。経済林という側面だけでなく、環境林という側面も考え合わせながら、長期的な視点で次の世代に受け継いでいければと考えています。問題は、どういう方法で森を守っていくのか。テクノロジーの活用も必要になりますし、いろいろアイデアを出していくことが必要です。
― 2017年には、小国町とアステリアの取り組みが、「企業版ふるさと納税」の対象事業に認定されました。
平野:企業版ふるさと納税は、アステリアとしては秋田県仙北市に次ぐ2例目の認定となります。小国町とはもともと森林保全にとどまらず、継続的に地域再生の取り組みをともにやっていこうと考えていたので、認定事業になったからといって特に大きな変化があったわけではありません。
ただ、企業版ふるさと納税は、我々のような首都圏にある企業と地域の自治体が組む上で、とても良いフレームワークだと思います。この制度は収める税金の一部を地方に振り分ける仕組みなので、企業としても非常に始めやすく続けやすいと考えています。
また、単純な寄付ではなく、事業に対する総務省の認定を受けることになるので、自治体と企業が一緒に考えて計画を作ります。このプロセスがあることで企業と自治体の結びつきがより深まると感じています。人員も限られたなかで、地域が独自にアイデアを出していくのも限界があるでしょう。それぞれ特徴を持つ民間企業と組むことで、テクノロジーの活用のアイデアや、グランドデザインの描き方など、様々な知見を活用してもらえるのではないかと思いますね。
渡邉:おっしゃるとおりですね。毎月、アステリアの担当者と小国町の職員とでウェブ会議を行っており、そのなかでいろいろな話が出てきます。こうした人と人とのつながりのなかで、活動の中身もどんどん進化してきました。ここ数年来は、森林保全とは別に、アステリアのICT製品を活用した業務効率化を推進しています。
平野:観光業や再生エネルギー事業での活用を検討したり、実証実験を行ったりなど、毎年様々な実績を重ねてきました。現在は弊社の「Handbook」や「Platio」などのモバイルアプリを使っていただいています。特に新型コロナ対策や災害対策では「Platio」をうまく活用していただいています。
― 導入してからどのような変化がありましたか。
渡邉:「Platio」は、プログラムの知識がなくても、簡単な作業だけで役場の業務に対応するモバイルアプリを作ることができるので、大変使いやすいです。最初は主に新型コロナウイルス感染拡大防止のため、検温アプリを作って使っていたのですが、さらに災害時に被災状況を共有する仕組みを作れないかという話になりました。
令和2年7月豪雨では、町内の被災箇所が800にものぼり、状況を把握するだけで何日もかかりました。従来、災害発生時には職員2人以上で現場に行き、状況を把握したら対策本部に戻って報告するという方法をとっていました。情報の集約も、対策本部で作った大きな紙の地図の上に書き込んでいくことが多く、そこからさらにデータを入力して一覧を作るなど、手間も時間もかかりました。災害対応の第一歩は、いかに早く事態を把握するかが大切になりますが、職員の人数も限られています。地方では土地の面積に対して、人員の数が圧倒的に足りないことが多いのです。
これがアプリを活用することで、業務の効率とスピードが格段に上がりました。例えばスマホやタブレットで写真を撮って状況を報告すれば、地図上に正確な情報が反映されます。特に山林内では正確な場所を把握するのはなかなか難しいものですが、モバイル端末の位置情報を活用すれば簡単です。いちいち本部に戻らなくても、次の被災地に回ることも可能ですし、誰もがリアルタイムで同じ情報を共有できます。データはExcel形式でも出力できるため県への報告書作成も簡単に短時間でできるようになりました。
平野:単に業務をデジタル化するのではなく、仕事のやり方そのものを劇的に変えていく。DX※3のお手本のような使い方をされていますね。実際、小国町の職員の皆さんが創意工夫を凝らして作った「Platio」の仕組みは非常にクオリティが高く、他の自治体の皆さんにも使っていただけるよう、アプリのテンプレート(雛形)として使わせていただいています。
このほか、小国杉の活用についても、ノベルティグッズだけでなく、社章やカレンダーなど用途が広がっています。今年10月1日から稼働した新オフィスにも、内装や什器に小国杉の間伐材をふんだんに使っています。また、今年6月26日に開催した定時株主総会では、小国町の森林によるカーボン・オフセットにより、運営で排出されるCO₂を実質ゼロにしました。
― 理想的な連携のあり方だと思います。企業と自治体がより良いパートナーシップを築き、社会課題を解決していくために、重要なポイントは何でしょうか。
平野:「べき」ではなく「たい」で進めることだと思います。環境保全も地域創生もSDGsも、「やるべきもの」だと考えていると、やらされ感ばかりが残り、必要最低限の項目を満たしただけで終わってしまう。ところが、小国町との毎月のウェブ会議で盛り上がるのも、一人ひとりの「やりたい」という思いがベースにあるからでしょう。大切なのは、どんな制度や仕組みよりも、「たい」があふれていること。それが人と人との関係性を作り、大きな違いを生むのではないでしょうか。
渡邉:他の企業との連携にあたっても、このような関係性を目指して、我々のほうから働きかけています。経済だけでなく、環境配慮や地域課題の解決など、町と一緒に取り組んでいこうという提案をしています。
― 最後に、今後、どのように関係性を発展させていきたいか、ご意見をお聞かせください。
渡邉:これまで良いお付き合いをさせてもらって感謝しています。将来的にはドイツのシュタットベルケ※4のように、森林と地熱という資源を活用した事業を新たな柱に育てていきたい。相当頑張らないといけませんが、小国にはそれだけの資源があると思っています。その目標を達成するためには、SDGsゴール17のパートナーシップなくして地域課題の解決には至らないと考えておりますので、これからも発展的な関係を築いていけたらと思っております。ぜひお力添えをいただければと思っています。
平野:小国町には「モバイル行政ナンバー1」になってほしいですね。面積に対して人員が少なく、職員1人当たりのカバー面積が広い小国町のような環境では、モバイルが極めて有効です。モバイルはアステリアの得意分野ですし、アステリアの製品は、ユーザーが現場で進化させていただくことが可能です。小国町の皆さんが自分たちで使いこなし、仕事の進め方を革新し、自治体DXの先駆者となられるように精一杯支援していきます。
※1 STAR:中計経営計画の詳細はこちらでご覧いただけます。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/3853/tdnet/1993656/00.pdf
※2 SDGs:「Sustainable Development Goals」の略で、持続可能な開発目標。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。
※3 DX:「Digital Transformation」。進化したIT技術を浸透させ、人々の生活をあらゆる面でより良い方向へ変革させるという概念。
※4 シュタットベルケ:ドイツ語で「都市の事業」を意味する言葉。ドイツにおいて、電力、ガス、水道、公共交通等、地域に密着したインフラサービスを提供する公益事業体のこと。
熊本県阿蘇郡小国町 町長
渡邉 誠次
熊本県小国町生まれ。2011年から小国町議会議員を連続2期務め、2015年からは同町議会議長。2019年に小国町長に就任し、現在1期目。「ALL FOR THE NEXT ~すべては次世代のために~」をモットーに、小国の森林や地熱などの地域資源の活用と、世界的細菌学者・北里柴三郎博士の「学習と交流」の理念を受け継ぐ「SDGs未来都市・小国」のもと、持続可能な住み続けられるまちづくりを進めている。
アステリア株式会社 代表取締役社長/CEO
平野 洋一郎
熊本県三角町(現:宇城市)生まれ。1998年、インフォテリア(現:アステリア)株式会社を創業。2007年、東証マザーズ上場。2018年、東証一部上場。2008年~2011年、本業の傍ら青山学院大学大学院にて客員教授として教壇に立つ。